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『NARA:奈良美智との旅の記録』坂部康二監督インタビュー

坂部康二監督

ふくれっ面の女の子の絵で、日本国内はもちろん、海外からも人気の高いアーティスト・奈良美智。彼が、クリエイティブユニット「graf」とともに展覧会でロンドン、バンコクと世界各地を巡回し、最後に自身の故郷である青森県弘前市にたどりつくまでの過程を、およそ1年半かけて撮影したドキュメンタリー『NARA:奈良美智との旅の記録』の坂部康二監督が、インタビューに応えてくれた。坂部監督が見た奈良美智とは?

以前に小山登美夫ギャラリーの小山さんのドキュメンタリー番組を撮ったそうですね。ギャラリストに密着するのと、アーティストに密着するのとでは気の使い方が違うように思いますが、奈良さんのようにシャイで繊細な人を撮る上で、どうやって関係を築いていったのですか?

特別なことはしてないですね。小山さんと奈良さんで、特に接し方を変えたということはないです。奈良さんとはほぼ初対面の形で出会ったのですが、撮影だからということは関係なく、人が出会って距離を縮めていく、そのために必要と思われることをしていたような気がします。友達になるのとはちょっと違うけど、このドキュメンタリーを撮るという目標に向かって互いに話をする、そういった自然な行為の積み重ねでした。敢えて言えば、相手の嫌がることはしないようにしましたね。「ここは撮らないでほしい」と言われたら、撮らないようにしました。奈良さんが絵を描いているところを撮られるのは好きじゃないということは、事前に聞いていたので、それを踏まえた上で「撮っていいですか?」と尋ねるようにしたし、「休憩するからここは撮らないでいいと思うよ」と言われれば撮りませんでした。

無理に踏み込んだりすることはなかったんですか?

アプローチとして、無理に踏み込んだときにどういった反応が得られるかという取り組みの仕方もあると思うけど、今回はそうはしていません。なぜなら多分、そうすることによって見えてくるものよりも、失うものの方が大きい気がしたから。だから、敢えて踏み込まない方を選びました。それが正解だったのかは分かりませんが、結果こういう作品に仕上がったのは、そうしたアプローチの方針をとったからだと思っています。

奈良さんがアトリエで白紙の状態から絵を描きあげるシーンが印象的でしたが、その時のことを教えてもらえますか?

僕、ほんとにコレ聞かれて困ってしまうんですけど、覚えてないんですよ(笑)。いちばん最初に奈良さんの絵を撮ったときは、「撮ります」という確認はとって行ったんですけど、「それじゃ始めるか!」みたいに撮ったわけじゃなくて。奈良さんは絵を描いていて、僕は「これは撮らなきゃ」と思い、奈良さんも撮られていることに気づきつつ、特に何も言わずお互いに作業を続けている感じだったんですね。でも、実はそのシーンは今回の作品には入っていないんです。作中のシーンは、紙を裁断するところから撮っていますが、あれはあらかじめ撮ると約束していなかったかもしれないんですね。僕がアトリエを訪ねたときは、奈良さんは留守だったんですよ。それで窓を見たら開いていて、「奈良さん、窓開けたまま出掛けちゃダメじゃん」なんて思いながら、あきらめて帰ろうとしたときに奈良さんが車で戻ってきて、そのあと描く作業をずっと撮っていたように思います。だからある種、偶然の産物ですよね。奈良さんにも確認しましたが、奈良さんも覚えていませんでした(笑)。

坂部康二監督となると、その段階では監督と奈良さんとの間にある程度の信頼関係ができていたのでしょうね。

そうですね、そのときまでに韓国の展覧会に一緒に行ったり、grafの豊嶋さんと打ち合わせをする際に声をかけていただいたりしていたので、信頼関係と呼んでしまっていいのかは分からないけど、絵を描いているところを撮らせてくれるぐらいに心を許してくれてはいたんだと思います。

奈良さんの絵を撮っているときの監督の気持ちというのはどういったものでしたか?緊張しましたか?

緊張しましたよ。それに、目の前で起こっていることがすごいことだという……それは、めったに撮れないとかそういうことではなく、真っ白な紙の上に何かが生まれていく、刻々と変化していくその様子を目の当たりにできる喜びを感じつつ、一方で「また撮れるよね」みたいな甘い気持ちもちょっとありました(笑)。でも、最初から仕上げまでずっと撮れたのは、その1回きりだったんですよね。だから今から思えば、わりとゆるく撮ってしまったかなと……なんか反省会みたいになってきましたね(笑)。その頃、奈良さんのアトリエに何日か通ってたんですけど、2日目からは僕はカメラをまわしたまま置いといて、奈良さんの横で別の作業したりしてましたからね。奈良さんが「俺、この原稿頼まれてんだけど……」とか言ってて、「『AtoZ』とは」みたいなものだったんですけど、僕が「じゃぁ書きましょうか?」って聞いたら、「えっ、マジで?」みたいな感じで(笑)。それで僕が原稿を書いて、奈良さんは絵を描いてるというような。そんな空気がよかったんじゃないかなぁと自分には言い聞かせてます(笑)。

長時間一緒にいることでお互いに気を使う部分もありましたか?

奈良さんは気さくな人なので、会話していて居心地悪くなることはありませんでした。僕が気を使うというよりは、奈良さんが絵を描いてるときは逆に気を使ってくれてたなと思いますね。聞いた話によると、奈良さんが描いているときに撮影されるのが好きじゃない理由というのは、普通、撮影するときは1人じゃないじゃないですか。今回は僕1人で撮りましたけど、通常は映像の場合、演出する人、カメラ回す人、音声録る人がいますよね。そういった感じで過去に撮影されたこともあるらしいんですよ。そのときに思ったのが、例えば音声さんは特に美術に興味があるわけではなく、昨日は野球の現場で仕事をして、今日はたまたま自分のアトリエにいる。それで、自分が朝から晩まで絵を描いている中、その音声さんが「あー、いつ終わるのかなぁ」とか思ってたらイヤだなって考えると、気になって描けなくなるらしいんです。だから、今回も奈良さんが僕に気を使ってたと思いますね。

奈良さんはアトリエで韓国のファンの女の子からもらった似顔絵を眺めながら絵を描いていましたね。監督は彼女の実家にも尋ねたりしていましたが、何か特別な出来事があったのですか?

坂部康二監督ファン・ミーティングの場で彼女が奈良さんに言った「悲しいときは奈良さんの名前を呼びます」という言葉が僕の心にすごく残ったし、あとでテープを見返すと読んでいる時の奈良さんの目が潤んでたように見えたんですよね。この作品を撮る上で、奈良さんをめぐる人々まで写しとることで奈良さんという人が浮き上がってきたらいいなと思っていたんですね。grafのスタッフの方たちにもっと寄ることも考えてはいたんですけど、結果的にあの韓国の少女が残った。奈良さんと偶然のようにすれ違ったような人、その人が奈良さんに影響を与えているかもしれない、というようなことが撮れたらいいなと思いました。

今回の作品を撮る前と後で、奈良さんに対する印象は変わりましたか?

奈良さんのことは雑誌で読んだ情報ぐらいしか知らなかったので、ゼロから積み上げていったようなものだから、印象が変わったというよりは、撮影を通じて奈良さんという人を少しずつ知っていった感じです。普段話す言葉とその行動にウソのない人だと思いますね。ストレートな文章を書くんですけど、それは敢えて自分を奮い立たせるためにそうしてるのかなとも思うし、そういう風にちょっとずつ奈良さんという人物を知っていったように思います。あとは、「司馬遼太郎も読むんだ!  へぇ~」みたいな小さな発見があったかな。取材する側、される側という一線はあるんですけど、人と人が出会ったらこういう風に近づいていくよね、という自然な形の関係だったと思います。

奈良さんがこの作品を見た感想というのはいかがでしたか?

直接には聞いてないけど、映画としての当初のイメージとは違う作品になったんじゃないかと思います。ただ、いろんな方々にこの作品の映像を見せているらしいので……。

嬉しいですね。

そうですね(笑)。

 

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