97年の『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』から10年。“エヴァンゲリオン”が、当時のオリジナル・スタッフ&キャストにより復活を遂げようとしている。新劇場版4部作の第1作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』公開直前の今、碇シンジを演じた緒方恵美に聞いた。
「ああ……本物の“エヴァ”だなあ」と。ゲームやパチンコなどずっと続いてきていますが、庵野総監督がこだわって創られた混沌としたもの、もちろんそれだけじゃないですけど、それが“エヴァンゲリオン”だと思うんですよね。現時点(8/20現在)で私が知っている新しい『ヱヴァンゲリヲン』は、アフレコ台本とその現場(音声収録が先行して行われたプレスコ方式)だけなんですが、今回は、30代中盤だった庵野さんのライブな感覚がそのまま映し出されている前作と違って、当時感じたことに対してある種の回答をご自身で見つけられたんだな……という感触がありました。
画がない状態、脚本だけで役を創っていくのは苦労されたのでは?いいえ、逆に(今回は)楽にさせていただけたと思ってます。観ている人がキャラクターの心理を非常に追いやすいつくりになってるんですね。庵野総監督がもう一度エヴァを創ろうと思われたときに、“わかりやすいエンターテインメントを創る”とおっしゃられたそうなんです。元の作品も、非常に王道的なものがベースにあったとは思うのですが、庵野さんの個性で、すごくエッジの効いたものになっていった。その部分を残しつつ、今回は、より王道に持っていこうとされてます。自分もものを創る人間なのでわかるんですが、いったんエッジの効いた方向へ進んでしまった作品を、スタンダードな方向、より王道的に進化させるというのは、とても勇気の要ることだと思います。それを実際に作品として実現させているというのは……ものを創る人として、本当にすごいと感じました。
そうかもしれません。でも、私は……自分の中では、“終わった”という感じはしていなくて。
ちゃんとやり終えたのは確かなんですが……「エヴァンゲリオン」という作品の中で、演じていた私はシンジとして生きていたんですね。ほかの方たちはまた違うと感じられると思うんですけど、シンジにとってはわかりやすい作品だったんです。彼にとっての“リアル”がそこにあるわけですから。ある種、私自身が生きてきた14歳としての記憶を2つ持っていて、その片方みたいな感じなんですよ。でも、それが始まる前も知らないし、その後どうなるのかもわからない。一生涯を付き合ったわけじゃないから、“終わっていない”と感じるのかもしれないです。仮に今回の劇場版で決着が付いたとしても、あるひとりの人間の“14歳”という切り取られた一時期の記憶・体験ですから、やっぱり私の中では“終わらない”のかもしれません。
10年前、「エヴァはどういう見方をすればよくわかるの?」とよく友達に聞かれたんです。その時は「映画を1本観るつもりで、1話から6話まで観てください」と答えてました。そうすれば作品の世界観もわかるし、その後も楽しむことができると思って。今回の劇場版は、まさにその通りになっていてびっくりでした(笑)。今まで本編に触れてこられなかった方と、エヴァがものすごく好きな方が一緒に連れ立って劇場に行っても、両方に「おもしろい!」と言っていただける作品だと思います。すばらしいスタッフが寝食忘れて本気モードで創っていますから。
それはもう、私にもどうなっていくかわかりません。エヴァは、シンジという普通の男の子がちょっとがんばっては悩みを乗り越えて、でもまた挫折して……みたいな話じゃないですか。ですから、そうそう楽な展開が残っているとは思えないので(苦笑)、どっちに転んでも、私はシンジと一緒にリアルな痛みを感じていくんだと思います。ただ、私は逆境がきても楽しめる人間なので、庵野さんという神様がどういう運命をシンジに与えて、それを私自身が気持ちのうえでどうやって乗り越えていくか……それが楽しみです。