映画評論家。自主製作でドキュメンタリー映画『藤田六郎兵衛 笛の世界』『能楽師』『みやび 三島由紀夫』を作り、現在は昨年ビデオ撮影したモンゴル・バイセクルツアーの記録を編集中。
30年近く前に登場した『機動戦士ガンダム』の偉大さを痛感。ガンダムは組み合わせロボット戦闘機だが、ハリウッド製はオモチャから出発した。ロボットというより実体はエイリアンで、小型機器に身をやつしながらある時、獰猛な最新鋭兵器に変身する。それがどうした、と思う。アイデアが貧困なのだ。大きければいいってものでもないだろう。ただ、パッとしないオタク青年が脚光をあびるようになる話は平凡だが好もしい。
第1作につぐ面白さだ。彼はもう少年ではないが、かと言って青年でもなく、レトロな旧制高校風のおもむきが色っぽい。お話全体が『スター・ウォーズ』シリーズに似てきたのはやや興ざめとはいうものの、子供っぽいおふざけコーナーが姿を消したのはよい。文科省ならぬ魔法省が愚者集団と化し、ピンク服の女校長が規則尽くめで学校を管理すればするほどジャン・ヴィゴ的な自由への欲求が純化され、魔法って素晴らしい!と感動。
古代スパルタの戦う肉体と近代のボードレールの退廃美学が融合したかのような作品。なんという憂愁だろう。死のアンニュイと血のデカダンスが深く垂れこめる。三島由紀夫が憧れた西洋文化の真髄だ。監督のザック・スナイダーは『ドーン・オブ・ザ・デッド』でシェイクスピア劇のような格調をゾンビたちのドラマに与えたが、『300/スリーハンドレッド』で自身の本領を遺憾なく発揮したと思う。日本のアニメも退廃をもっと追究しよう。